世界一の織り手を訪ねて

どんな人にも歩んできた思い出があり、将来、こう生きていきたいという願いがある。一枚のギャッベの中に、人それぞれの喜びや希望を文様として織り込み、記憶の日記帳のように紡ぎ、織り上げていく。現在ファーハディアンがコントロールする織り手の数は約８千人。その織り手の中でも、「記憶を紡げる最高の織り手に会いたい」。　

私たちのリクエストに応えて、ファーハディアンの社長ホマイオン氏は自ら車を運転し、ザクロスの峠を越える旅に我々を導いた。

待つ人々の元へ向かう行程。心が躍り、まだ春浅く、うっすら薄化粧のような緑の山肌さえ、輝いて見える。

　「薔薇と詩人の町」と言われるイラン南西部の都市シラーズを出発し、南東に約１時間のドライブ。標高２１００ｍの峠を越えた先に遊牧民の織り手が暮らす小さな村ハラメがあった。訪ねたのはイスラム暦の正月前、３月上旬。草木の芽吹きも始まったばかり、アースカラー一色の大地が延々と続く。雨が少ないせいか、この地に高木は見当たらない。幹が太い木は樹冠を横に広げている。この様はギャッベの絵柄そのまま。ギャッベの代表的な文様に「生命の樹」があるが、時々アンバランスなほど幹が太い樹があるのを不思議に感じていたが、謎は解けた。彼女らの見ている自然こそがデザインそのものなのである。

　訪ねたハラメで部族名を訪ねると、みな「カムセ連合」と答える。カシュガイ遊牧民の村や黒テントを訪ね始めて15年になるが、カムセ連合に属する人々を訪ねるのは初めてである。ここに定住生活を始めて15年だという。軽量煉瓦を積んだ簡素な住宅には、電気水道があり、大きなギャッベを織る機が据え付けてある仕事部屋がある。

　その仕事場で、我々を待ち構えていたのは、自分の仕事に十分な自信と誇りを持った骨太の堂々たる女性たちであった。

高品質のプレミアムギャッベ誕生の秘密

　握手を求めると、少しはにかんだ笑顔ながら、厚い手でしっかり握り返したファラさん48歳は、この村の一番の織り手。18歳の頃から織り始めたというから、30年のベテランである。

　世界一と呼ぶにふさわしいギャッベは、移動生活の中では生まれず、この村のような安定した生活環境の中で、ベテランの女性をリーダーに娘や嫁などとともに織り上げていく。シルバーグレイの瞳で鋭く見つめ返してくる眼力の鋭さに、最高峰のギャッベを織り上げる女性の意志の強さを見た。ファーハディアン・プレミアムギャッベには、7段階の品質クラスがあるが、上級クラスの場合、同じ村の何家族かに、同じデザイン画で、腕を競わせるという。それぞれが自分の感性を発揮して自分流にアレンジを加え、競争心も働いて、唯一無二のギャッベが生まれていく。

　良い織り上がりに対しては、相応の高い織り賃を支払うのが、ファーハディアン流。

　また、織り始めと途中、納品、3度に分けて支払いをたてることで織り手の家族の生活の安定を保証している。この信頼関係があってこそ、他に類を見ない高品質のプレミアムギャッベが誕生してくるのだ。

人間の手仕事への賛歌

誠実な手仕事の集大成が輝きを与える

　ギャッベの故郷はシラーズの南、ザクロスの懐深い自然の中。織り上がったばかりのギャッベは、粗野で荒々しい。その後何度も洗われ、刈られて姿を変える。このギャッベを、再びザクロスの山に還し、ファインダーをのぞく。しなやかな輝き、圧倒的な美しさ。どこに置いても、違和感なく絵になる。

　上質なギャッベが誕生する過程では、たくさんの人たちの「仕事」が加わる。北のクルデスタン地方で羊を養い、カールした最上質の羊毛を生産する人、それを手紡ぎで糸にする人、経験豊かな染色マスター、伝統柄を現代に蘇らせるデザイナー、そして卓越した技の織り手、さらに織り上がったギャッベを丁寧に洗い、乾かし、刈り込む職人たち。実に多くの人たちの誠実な手仕事の集大成として、一枚のギャッベに魂が吹き込まれ、ファーハディアン・プレミアムギャッベとして輝きを得るのだ。

　今回取材に訪れているこの場所はテヘランから約８６０㎞離れた何もかも不便な所だ。しかし、ファーハディアンの社長ホマイオン氏は、ひと月に数度は織り手の元を訪ねて「今よりもっとよい絨毯」を織るために、強い結びと、シャーネがしなるほどのしっかりとした打ち込みなどについて、膝をつき合わせて指導する。何十年の経験を持つベテランに対してもファーハディアン基準を徹底していく。彼の話の中には「improve （改良・改善）」ということばがよく出てくる。

　また彼は「織り手を選ぶとき、織りの技術だけでなく人柄も重要だ」と語る。良き織り手はきちんとした生活を維持するために、誠実に生きているのだと。

　豊かな絨毯商の家系に育った彼がそこまでのめり込むのはなぜか聞いてみた。「カシュガイ遊牧民の女性たちは、織りに関して天性の才能を持っている。その才能を引き出し、磨きをかける喜びは格別。一番大切なものは人、品質の高いギャッベを織ってもらい、正しい報酬を支払い、彼らの生活を守っていくのが、私の仕事であり、私の大きな喜びだ」。ファーハディアンの織り手8千人、その生活を守る決意が彼の熱情を支えている。